秋山英宏=文
text by Hidehiro Akiyama

2013年の錦織圭は世界ランキング・トップ10入りを目標にシーズンを過ごしていた。2月のメンフィスで優勝、全仏では初めて4回戦に進出し、年頭に19位でスタートしたランキングは、ウィンブルドン開幕前の6月17日付けで11位まで浮上した。
しかし、テニスの聖地での大会は、3回戦で28位のアンドレアス・セッピ(イタリア)にセットカウント2-1から逆転負けという、不本意なものだった。古傷の左ひざと右手首に痛みがあり、ストロークが不調だった。
正直に言えば、見ているのがつらい試合だった。中盤以降は、ミスを恐れ安全なボールでただラリーを続けているだけのように見えた。自慢のフォアハンドがまったく機能しなかった。勢いも精度もないショットにつけ込まれ、失点を重ねた。
故障と2カ月以上に及んだヨーロッパ遠征による精神的疲労、さらに、平均点以下のプレーにつながる要因がもう一つあった。
トップ10入りという目標達成を前に、錦織は味わったことのないプレッシャーを感じていた。ランキングは意識していないと発言するなど、重圧を打ち消そうと務めたが、それは容易でなかった。シーズン閉幕後には「これだけ(トップ10が)近づくと意識しないわけにはいかなかった」と打ち明けている。
敗退の翌日、ブログで試合を振り返り、自分を悩ませた「緊張」に言及した。
苦戦の中で彼は一つの真理に行き着いたという。〈(緊張は)全部自分自身が作り上げている〉。緊張はコントロールできるものであり、それには〈自分の全てをコートに置いてくる〉というシンプルな考えに立ち戻るべきだ、と気づいたのだ。
そして、(緊張を含めて)試合を〈楽しむこと〉だと改めて悟ったのだという。
そうやって自分と対話するうちに、こんな思いを自覚する。
〈勝負事っていうのはやはり楽しい〉
あの、のたうち回るような5セットの苦闘の中で、これだけ冷静に、これだけ深く、自分の内面を見通していたとは。しかも、試合で実践するには至らなかったものの、有効な解決策を探り出していたのだ。
彼は本当に「楽しい」と感じて戦っていたのだろうか。あるいはそうあろうとしただけだとしても、故障と緊張で体が思うように動かない中、可能性を求めて自分の心と真剣な対話をしたことには変わりない。その勝負に対する真摯な態度と心の強さに驚かされる。
錦織は翌年の全米で準優勝して大きく飛躍する。超一流に駆け上がろうとする選手の凄みを感じさせる一幕である。