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服部恭平
HATTORI KYOHEI
写真家
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はっとり・きょうへい|1991年、大阪府生まれ。ファッションモデルとして活躍する傍ら、2018年に写真家として本格的に始動。フィルム特有の雰囲気を持ち味に、変わりゆく日常のなかで私的なイメージを切り出している。主な個展に、2020年『2019-2020』(BOOKMARC)、2024年『バコン』(haku kyoto / 229)、2024年『Through the lens of Kyohei Hattori』(agnès b. Shibuya & KyotoBAL)など。
写真と向き合い続ける表現者・服部恭平さんの、人生を前に進める買い物
人物や風景の気配をすくい取るようなフィルム写真で注目を集める、写真家の服部恭平さん。
大きなフィルムカメラを肩にかけ、フランス生まれの中古車を走らせて撮影に向かう。部屋には愛用の道具や本がさりげなく置かれ、日常と地続きの“創作”が静かに続いていく。
そうした暮らしのなかで、服部さんにとって買い物とは何なのか。“買わないと始まらない”という言葉の奥にある思いと、未来につながる買い物について聞いた。
フランス生まれの相棒が連れてきた新しい日常

「車がない生活は、もう考えられないですね」
そう語る服部さんがほぼ毎日乗っているというのが、フランス・ルノーの黄色い『カングー』。愛嬌のあるフォルムが特徴的なこの車は、撮影時の移動手段であると同時に、暮らしに寄り添う相棒でもある。
「撮影の際にあったほうが便利かなと思っていた時に、友人に“服部くんは『カングー』が似合う”って言われて。試しに専門店に行ってみたら、キレイなレモンイエローの1台があったんですよ。もう一度行くのも面倒だし、なんとなく“今しかない”と思って、試乗もせずにその場で買いました」

フランス・パリを訪れた際に街中で見かけたという『カングー』は、本人曰く「おもちゃみたいでかわいい車」。内装もシンプルで、その潔さに惹かれたという。「今のところ、これを超える車はない」と語るほど、服部さんにとってなくてはならない存在となっている。
購入価格は45万円ほど。即決とはいえ、それは自分の人生を進める大きな一歩となった。
「車に対しての憧れみたいなのは昔からあって。子どもの頃から大人になったら車を持つイメージがあったんですよね。納車まで2カ月あったので、その間にお金の準備や駐車場を探したんですけど、都内で駐車場を借りるのって実は車を買うより大変。そこも含めて、“大人の買い物”って感じでした」
ずっしりと重く、でも気持ちが動く。フィルムカメラが引き出す、撮る理由
服部さんが現在メインで使用しているのは、フィルム中判カメラ『PENTAX 67II』。その重厚なボディとファインダー越しに見える美しい世界に魅せられたという。
「写真家の友人が持っていてファインダーを覗かせてもらったら、すごく立体的で“これは欲しい”って。見た目の迫力と写し出される世界の奥行きに、すっかり魅了されてしまったんです。実際に手に取った時の重厚感も気に入っていて。大きくて重いから撮るのに体力がいるけど、なんでも大きい方が楽しいじゃないですか。東京タワーとか、ゴジラとか(笑)。子どもの頃から、そういう大きいものに惹かれるところがあるんです」

購入から7年ほど。シャッターの物理的な重さが、服部さんの撮る気持ちを引き立てている。
「覗く、構える、押す。その一連の動作がちゃんと“撮る”感じがするというか。今どきのカメラと違って、10枚撮ったらもうフィルムが終わる。だから1枚1枚に意志が乗る気がするんです。だから買ってよかったことは間違いないですね」
日々の仕事にも作品撮りにも使っているこのフィルムカメラは、服部さんにとってはもはやただの道具ではない。撮る行為そのものを左右し、行動のリズムや気持ちのあり方すら変えてくれる。
「どんなカメラを選ぶかで行動も変わるし、見る景色も変わってくる。だから写真って、カメラにだいぶ影響されるんですよね。ずっと使ってるうちに、気づいたら自分の軸になっていて。自分にとってはまさにライフラインですね」

創作へのやる気をもらった写真集
欲しいと思ったら即行動に移してきた服部さんが“宝物”と話すのが、尊敬する写真家・佐内正史さんの写真集『DUST』。写真もさることながら、服部さんの心を強く動かしたのは作り手としての姿勢だ。

「どこかのインタビューで佐内さんが“自らつくる写真集は30メートルの手編みのマフラーみたいなもの”って言ってたんですよ。手編みのマフラーだとただの気持ちだけなんだけど、30メートルもあれば気持ちを超えてくるって。それがすごく印象に残っていたんです。もちろん佐内さんの真似をしても同じものにならない。どちらかと言うと佐内さんの写真から、やる気や前向きな気持ちをいただいている感じですね」

そんな服部さんも写真集を自ら制作し、個展を開催してきた写真家の一人だ。しかし、創作に向き合うことは、決して楽なものではないという。
「やらない方が楽なんですよ。つくるのって、正直しんどいですから。だけど、やらないとソワソワしちゃうし、いても立ってもいられなくなる。結局、やるしかないんですよね。だから、創作とどう向き合うかをちゃんと考えないと続けられないんです」
制作することの苦しさと、それでも続けてしまうほどの楽しさ。服部さんはその心情に、憧れのスタジオジブリの宮崎駿監督の姿を重ねる。
「『君たちはどう生きるか』のドキュメンタリーで、宮崎さんが何度も“もうやめる”と言うのに、またつくり始めるんですよね。プロデューサーの鈴木敏夫さんも“あの人はやめられない”って言っていて。つくることが好きな人って、やっぱりつくることをやめられないし、やらないと生きていけないんだなと思いました。それを見て、自分もやっぱりつくるのが好きなんだなって」

買うことで、人生が前に動き出す

「実際に買ってみないと、わからないんですよ」と話す服部さんの買い物には、人生を前に進める原動力がいつも宿っている。
「今日明日を生きることで精一杯です。だからこそ、思い立ったらすぐに行動するようにしています。悩んでいる時間が我慢できないというか、もったいないというか。とりあえずやってみてから考える。買い物にしても、買ってみないと何も始まらないと思うんです」
服部さんにとって、買い物は単なる消費ではない。自分を前へ動かすためのスイッチになっている。
「子どもの頃はお金がなかったし、20代もギリギリで。30代になってようやく、自分の好きなものにお金を使えるようになってきたんです。そうやって少しずつ買えるものが増えていくと、大人になった実感がありますし、人生が前に進んでいる感じがするんですよね」
高額な物は手に入れるまでは不安もある。だけど、「背伸びしてでも買ったほうが、むしろその後に動き出すことが多い」と服部さん。
「お金って使わないと入ってこないと思ってるんですよ。だから“これは買えないかも”って思うものも、無理しろとは言わないですけど、なんとかして買えるものだったら、買ったほうがいいんじゃないかって。その分、後からそれ以上のものが返ってくるし、自分がより大きく動けるような気がするんですよね」