ぼくのわたしの、未来を、買ったんだ。

  • 伊藤万理華

    ITO MARIKA

    俳優

  • いとう・まりか|1996年大阪府生まれ。2011年から乃木坂46の一期生メンバーとして活動し、2017年に卒業。俳優として舞台や映画、ドラマに出演する傍ら、クリエイターとしても活動する。2021年公開の初主演映画『サマーフィルムにのって』では、TAMA映画賞で最優秀新進女優賞を受賞し、日本映画批評家大賞でも新人女優賞を獲得。

今に向き合う力をくれる。
俳優・伊藤万理華さんの未来へ続く買い物

俳優として映像や舞台で表現を続けながら、個展を開催するなど、クリエイターとして日常の小さなときめきや感情の揺れを丁寧にすくい取る伊藤万理華さん。

伊藤さんが築き上げる世界は、舞台や映像作品、アートの領域に留まらず、選び抜かれた洋服や暮らしの道具にも静かに息づいている。

そんな伊藤さんにとって買い物という行為は、どのような意味を持つのか。物に託す未来への期待について伺った。

未来の自分を信じて買った、ヴィンテージのセットアップ

30代目前となり、結婚式に呼ばれる機会が増えたという伊藤さん。そうしたなかで出会ったのが、普段は手に取らないというヴィンテージのセットアップスーツ。いつもの買い物とは一線を画す、特別な出会いであったという。

「お店に入ってすぐ、このスーツが目に入りました。形や色味もそうですが、鳥をモチーフにした金具のデザインがすごくユニークでときめいて。試着してみるとサイズはぴったりだったのですが、セットアップのスーツは自立した大人が着る、というイメージがあり、当時の自分ではどこか追いついてない感じがして……。それでも、いつか似合う自分になりたいと思って買うことにしたんです」

未来の自分への投資として手に入れたヴィンテージのセットアップスーツは、購入から一年ほどクローゼットの中で静かに存在感を放ち続けた。

「部屋にあるだけで、少し背筋が伸びるような感覚でした。目にするたび、触れるたびに、心のどこかでこのスーツが似合う自分になれることを期待し、楽しみにしていたような気がします」

手作り感のある金具や縫製の表情に、伊藤さんは心をつかまれたという

そして一年後、いとこの結婚式でその瞬間は訪れる。セットアップスーツを身に纏ってみたら、しっくりと来た感覚があったという。

「この一年で、主演舞台を完走し自分自身を受け入れられるようになったこと、素直に向き合える人との関係を築けたこと。活動的にも精神的にも大きな変化があったからか、このスーツに追いつけた感じがしました。大人として胸を張れるようになった、そんな感覚が近いです」

伊藤さんにとって、“未来の自分を信じて買う”という行為は大切なもの。時間をかけて意味が立ち上がってくる買い物には、変化や成長という価値が宿っている。

今だからこそ響く、絵本『イルカの星』のまっすぐさ

偶然の出会いが、思いがけず心の奥を揺らすこともある。古本屋で出会った絵本『イルカの星』は、表現者としての感性に静かに触れてくる一冊だ。

「表紙の青色がすごくきれいで、思わず手に取りました。読んでみたら、まっすぐで嘘のない言葉が胸に刺さって。“心の声に耳を傾けさえすれば”というメッセージに惹かれたのは、今の自分が誠実でいたいと思っているからなのかもしれません。その日は買わなかったのですが、帰宅してからもずっと心に残っていて、買えば良かったと後悔し、後日また探しに行って買いました」

  • 『イルカの星』(絵・文:葉祥明)/佼成出版社

大人になってから出会う絵本には、子どもの頃とは違う響き方がある。

「絵本って幼少期には馴染みがありますが、大人になってから読み返すと全然違う受け取り方ができるんですよね。シンプルな表現がまっすぐ届く。自分の気持ちを代弁してくれている気がして、救われたような感情になりました」

この絵本は、伊藤さんの創作意欲にも静かに影響を与えている。日常のなかの小さな出会いが、演技や作品づくりのヒントになることが多いという。

「読み終えた後、何か文章を書いてみようかなとか、絵を描いてみようかなという気持ちになりました。最近は絵を描いて試しにプリントするなど、遊ぶように物づくりをすることが好きで。力まずに、でも心の動きは大切にしたい。そんな気分にしてくれる一冊です」

帰りたくなる部屋をつくる、光が重なるカーテン

舞台主演や物づくりなど、新たな挑戦をいとわない伊藤さん。多岐にわたる活動のなか、帰ってきたくなる心地良い部屋をつくるために選んだのが、韓国の伝統的な布・ポジャギと、インドのカットワークキルトを重ねて使うカーテンだった。

「とにかく布が好きで。テーブルクロスにもなりますし、友人が家に来た時の目隠しにも使えるので、美しい光を通すポジャギをリビングのカーテンにしてみたら良いかも、と思いました」

最初はポジャギ一枚だったが、一目惚れしたインドのカットワークキルトを見つけ、重ねて使ってみようと思いついた。異なる文化の美しい手仕事が、伊藤さんの部屋で特別な調和を生み出す。

「朝の光が入ることで、それぞれの模様が浮き上がって、それがすごくきれいで。わぁっ……と思う瞬間があります。毎朝の景色が変わるようでうっとりして、一日頑張ろうと思えるんです」

薄い布をつないでつくられるポジャギと、インドのカットワークキルト。異なる手仕事が重なり、やわらかな光の表情を見せてくれる

カーテンに使っているこの布に限らず、伊藤さんの部屋には民芸品や民族的な模様のアイテムが並んでいるという。統一感よりも、“好き”という感覚を大事にしている。

「国や文化は違っていても、どこかモチーフがつながる感じで、それが面白いんですよね。自分が気持ち良くいられるかどうかが大事で、好きな物に囲まれている暮らしは幸せを感じます」

買い物は、過去・現在・未来を結ぶ“自分を映す鏡”

伊藤さんの買い物に共通するのは、どれも“今だけで完結しないこと”。未来の自分への期待や、時間を経て見える変化を大切にしている。

「買い物は、自分を知る行為でもあると思っています。一年前に惹かれた色やモチーフが、今の自分の気持ちとつながったり、時間が経ってからしっくりきたり。物ってどこか、鏡みたいに自分を映しているところがあるように感じて。だからこそ、物語のある買い物が好きで、作り手のことを知るとより愛着が湧きます」

伊藤さんにとって買い物はただの消費活動ではない。自分の感情や価値観を映し出し、未来の行動や姿勢につながっていくものだ。

「かつては誰かから承認を得るために、物を選んでいたこともありました。でも今は表現や創作をする者として、目の前にいる人や日常の暮らしにきちんと向き合いたい。未来の自分を信じて手元に置いておきたいと感じたり、日常を心地良くしてくれたり。今の私はそういった買い物が好きです」

ぼくのわたしの、未来を、買ったんだ。