ぼくのわたしの、未来を、買ったんだ。

  • MISATO ANDO

    MISATO ANDO

    アーティスト

  • みさと・あんどう|静岡県生まれ。東京を拠点に活動する芸術家。“楽器を持たないパンクバンド”BiSHの活動を2023年に終え、同年画家としての活動をスタート。自身の“妄想力”を武器に、独自の発想と色使いで独創的な世界観をドローイング、インスタレーションなど様々な手法を用いて表現する。

古いものに宿る物語と、未来へのときめき。
アーティスト・MISATO ANDOさんの、宝物探しのような買い物

アーティスト・MISATO ANDOさんのアトリエは、まるで宝箱をひっくり返したかのように、懐かしいおもちゃや古道具で溢れている。どのアイテムにも子どもの頃の記憶や感情を思い出させる物語が宿り、彼女の感性を刺激し続けている。

今回のインタビューでは、そんな彼女が持つときめきと直感を大切にする買い物哲学と、アイテムたちにまつわるエピソードを紐解いていく。

アートへの衝動を感じさせた、キース・ヘリングとの出会い

MISATO ANDOさんが「宝物の一つ」と話す一冊、『キース・ヘリング(著:ジョン・グルーエン)』

アーティスト・MISATO ANDOさんの人生に、決定的な影響を与えた出会いがある。

それは、BiSHとして活動を続けるさなか、山梨県の『中村キース・ヘリング美術館』をふらりと訪れた時のことだった。友人から誘われて初めて足を運んだというその場所で、彼女はキース・ヘリングの作品に出会い、言葉にならないほどの衝撃を受けたという。

「純粋に“アートってすごいんだ……”と感じたし、キース・ヘリングについてもっともっと知りたいとも思いましたね。中学生の頃に初めてロックバンドを好きになった時とよく似た、初期衝動のようなものが一気に沸き上がってきたんです。それからというもの、キース・ヘリングのアート作品や生き方そのものの虜になってしまいました」

その気持ちの高ぶりや衝動の熱を保ったまま、キース・ヘリングの生涯を辿った本を手に取る。彼やその家族、友人の言葉がぎゅっと詰まったその本は、いまや彼女にとってバイブルとも呼べる一冊となったのだとか。

「キース・ヘリングに魅せられてからというもの、彼に関連するたくさんの本を買い集めてきました。この本は、生い立ちから最期までの歩みが丁寧に綴られた一冊。人間関係や感情の描写が本当にリアルで、どこか温かみも感じられて。何度も何度も読み返しているので、付箋だらけです(笑)」

この出会いをきっかけに、彼女はアートの世界へと足を踏み入れる。キース・ヘリングが使っていたアクリル絵の具を買い、自らも絵を描き始めたという。BiSHの解散が近づき、心のなかに言いようのない不安が満ちていたその頃、静かに筆と絵の具を手にした。

「彼の絵には、子どもに語りかける時のような優しさがあるんです。“君は君のままで大丈夫だよ”と言ってもらえるような。言葉がなくても気持ちが読み取れるんですよね。そんな作品から出てくるパワーに圧倒されたので、自分もやってみたいと思い、アート活動を始めることに決めました」

「キース・ヘリング自身はもうすでに亡くなってしまっているけれど、私の心を救ってくれたなと、強く感じましたね。自分のアート制作にも、その影響が色濃く反映されています」

出会いの感動を閉じ込めた、特別な腕時計

身に着けるだけでなく、お守りとしても大切にしているART WATCHのビンテージ腕時計

自身の人生を大きく変えた、キース・ヘリングとの出会い。その感動を形として残したいと考えていた時、一本の腕時計に出会う。彼が逝去するわずか2週間前に完成させたという作品『オルターピース:キリストの生涯』の意匠を取り入れた一本だ。

「これは、とあるお店でたまたま見つけたビンテージの腕時計なのですが、一生涯忘れられない買い物になりました。私が初めてあの美術館を訪れた際に見た作品のデザインを取り入れていて」

「作品自体は、銅板に聖母子像や天使の絵を刻んだものだったのですが、この時計を見るたびに作品の迫力や圧倒的な存在感を思い起こしています」

普段は身に着けることなく、同じくキース・ヘリングの作品をあしらったカップのなかにそっと飾っているという、その腕時計。

「初めて美術館を訪れた日の気持ちを思い出せる、大事な腕時計です」とにこやかに話す彼女のまなざしには、優しさと、少女のようなあどけなさがにじんでいた。

懐かしい記憶を呼び起こす、おもちゃの数々

ノスタルジックで愛らしい、年季が入ったおもちゃがアトリエのいたるところに

MISATO ANDOさんが創作においてもっとも大切にしているのは、“子どもの頃の懐かしい記憶”。

彼女のアトリエにずらりと並べられた、可愛らしいアイテムたちを紹介してもらった。

大阪・関西万博で購入した、公式キャラクター『ミャクミャク』の抱きつき人形

「幼い頃に行ったお祭りや、親の帰りを待つ留守番の時間。そういった思い出を蘇らせてくれるおもちゃにはとにかく目がないんです」と、微笑みながら彼女が紹介してくれたのは、抱きつき人形とぬいぐるみたち。

「私の家族は、幼稚園の頃に使っていたおもちゃや遊び道具を、びっくりするほど残してくれているんです。だから実家に帰れば、あの頃を自然と思い出せるような気がしていて。古着や古道具、おもちゃに惹かれるのも、その感覚がずっと残っているからなのかもしれません」

古いものに対する、親しみの心。あの頃の気持ちをそっくりそのまま残したような、そんなおもちゃの数々。手触りと匂いに思いを馳せながら、過去の記憶をうっとりと思い浮かべるような、そんな時間に感じる豊かさ。「ただただ懐かしいというだけじゃなくて」と、彼女は続ける。

「当時の自分、その心情をも思い出せることが大切だと思っていて。純粋無垢なあの頃の気持ちを、大人になった今こそ、改めて大切にしたいんですよね。風に揺れる木を見て“木が踊ってる!”と思えたような、幼くも瑞々しい感性は、大人になるにつれて忘れ去られてしまいますから」

「大人になった今だからこそ、子どものような自分とその感覚を改めて大切に抱きしめておくことは、大事だなって思うんです。日々の買い物のなかでもそう感じさせられることは多くて。そういった感覚を自身の創作にも活かしていきたいと思っています」

衝動と好奇心が織りなす、出会いの物語

MISATO ANDOさんの買い物に、あらかじめ用意されたリストはない。オンラインショップで目的のものを探すこともあるが、実店舗では予期せぬ出会いを何より大切にしているのだとか。

「たとえば小道具屋さんや古着屋さんに足を運んだ際、“これだ!”と、ふと心を突き動かされる瞬間って、確かにあると思っていて。その時の気持ちを大切にしたいんです。巡り合わせは必ずあるはずで、その時の自分に素直でいたいとは常に感じていますね。そういう意味でも、買い物には、“宝物探し” 的な側面があると思っています」

「ときめきと、衝動と、好奇心。その3つこそが、私の買い物のモチベーションになっているのかもしれません。そしてそれらはきっと、私の創作活動を支えるものでもあるのだろうな、と」