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ベテランち
VETERANCHI
YouTuber・歌人
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べてらんち|1998年、大阪府生まれ。2017年に東京大学理科三類に入学し、医学部に在学中。2018年に東京大学Q短歌会で作歌を開始。『ベテランち』『雷獣』名義でYouTuberとしての活動を続ける傍ら、『青松輝』名義で歌人としても活動している。
自分が何者であるかを、確かめるために。
YouTuber・ベテランちさんの、自己形成を支える買い物
YouTubeチャンネル『雷獣』では独自の視点とユーモアを交えた語り口で人気を集める傍ら、歌人『青松輝』としても活躍している、ベテランちさん。
とあるきっかけでパリを訪れた際に衝動買いしたという40万円のエルメスのレザージャケット、意図的に “それにハマる自分でいよう” と決めて集めているNIKEのTシャツ、そして日常のインプットとして欠かせない詩集の数々。
なんともユニークな考えをもとにした、一見、場当たりにも見える彼の買い物には、自分自身を面白がらせるためのロジックが潜んでいる。彼の哲学について伺った。
留年坊主のパリ旅行、衝動的に手に入れたハイブランドのレザージャケット

まずベテランちさんが取り出したのは、パリの古着屋で購入したというエルメスのレザージャケット。購入した店舗の店員によれば、マルタン・マルジェラがデザインしていた時期のもので、とても珍しい一着なのだそう。
「いわゆるブランド物って、なんだかちょっと恥ずかしい気がして避けていたんですけど、これは完全に衝動買いでしたね」
そのきっかけは自身のYouTube企画。4度目の留年を報告するにあたり、「パリの美容院で髪型を丸坊主にしてみよう」と思い立ったという。3泊4日(実質2泊)の弾丸旅。その合間に訪れた古着屋で、ふと手に取ったジャケットを即決で購入したのだとか。

40万円という価格は当時の自分にとっても思い切った額だったが、“何も考えず買う”という経験が持つ価値に賭けてみた。その後、着る機会は多くないというが、「例えるなら“我が家には生ハムの原木がある”みたいな、不思議な自己肯定感をくれる存在」だと話す。
「“我が家には生ハムの原木がある” というのは、X(旧Twitter)で流行っていたネットミームなんですよね。家に生ハムの原木があるのだから、人から何を言われようが別に気にしたことじゃない、という。この言い回し自体は全然好きじゃないんですが(笑)、いわば“それを持っていること”自体が心に豊かさを与えてくれるような感覚ですね。エルメスのレザージャケットが家にあるという事実そのものに救われている部分も大いにあるかもしれません」
みずからハマりにいくことを決める。“ちょうどいい”NIKEのTシャツたち

日常的に集めているのが、NIKEの古着Tシャツ。これは「自分で“ハマる”と決めてハマる」彼の哲学を象徴するアイテムだ。
「セレクトショップだと店員さんと話さなきゃいけないのが正直あまり得意じゃないんですよね。古着屋だと、なんとなく主体的に選べる感じがして好きなんです」
大学入学当初、お金がなかったこともあり古着に親しむようになった。NIKEを買い始めたきっかけは、たまたま手に取った一枚が自分にしっくりきたからだという。

「ヨウジヤマモトやジル・サンダー、ラフシモンズなど、好きなブランドもあるけど、そういったハイブランドの洋服しか着ないのはちょっと違うな、と思うんですよね。1990〜2000年代頃のNIKEなら、なぜかちょうどいいと思えたんです。自身の好みに対して真っ直ぐすぎるのが、少し気恥ずかしいのかも」
そこから“NIKEにハマってる自分になろう”と決めたのだという。ハマり方を自分で設計する、といった実験的とも言える考え方は、自身のライフスタイル全体に通じている。

NIKEのTシャツにまつわる話から、彼はこう続ける。「ラーメンではなく、うどん好きの自分を演じてみたり、今はまだカレーを食べるフェーズじゃないと思ってたけど、試してみたらおいしかった、なんてこともあったり」
そんな数々のユニークな試行錯誤もまた、彼なりの “自己形成計画” の一つとも言えるはず。日常的な買い物を通じて自らのあり方をコントロールするという工夫が見てとれた。
インプットとしての歌集や詩集、装備としての本棚

ベテランちさんが宝物と語る詩集がある。平出隆の『胡桃の戦意のために』。元恋人から贈られたのがきっかけで、現在は同じ本を8冊も所有しているのだとか。
「本って、自分の内面に直接インプットできるものだと思っていて。それで言うと洋服なんかもそうかもしれません。自分は一つの箱で、そのなかに入れたものが自分を形作っていく感覚があるんです」
自らを箱として見立て、そこに入れるものを意識的に選び取る。詩集や短歌の本を多く持つのは、単に好みだからではなく、“そういう自分でありたい”という願望と一致しているからだという。
「自然と集まったように見せかけるより、自分がこうありたいっていう像に合わせて本を揃える方が、自分としては気持ちいいんですよね」
そうした選書は、自分自身に与える装備であり、見られ方の設計でもある。無意識で集めたものより、意識して揃えたもののほうが、自分を外に出す時の手応えがあるのだとか。
「短歌をやってる自分、っていうイメージに、自分自身も乗っかりたいんだと思うんです。周りからの見え方と自分の思惑の狭間に整合性を取る、というか。普段から、そんなふうにして買い物をすることが多いですね」
買い物は自分を面白がらせるためのインプット

買い物は、人生を前に進めるための装置だとベテランちさんは語る。悩んで時間を浪費するより、思い立ったらすぐやってみる。自らのキャラクターを形成していくように買ってみる、といったように。
自分の人生を“育成ゲーム”のように捉え、自分というキャラクターをどう設計していくか、決断する。運営している複数のYouTubeチャンネルでも、それぞれに異なるキャラクターや表現スタイルがある。これもまた、自分を面白がらせるための設計だと話す。
「とある時期はなんとなくお洒落だと思いながら水ばかりを飲んでいたけど、今はとにかくパインサイダーばかり飲んでいて。それもこれも全部、自分にとっての整合性を取るためのアクションなんです。“現在の自分にとっては、これがいいだろう”と考えたうえで、買い物をする。いつもそんな感じですね」
彼にとっての買い物は、自己理解の手段であり、自己演出の一環であり、そして未来への布石なのかもしれない。