ぼくのわたしの、未来を、買ったんだ。

  • 下川陽太

    SHIMOKAWA YOTA

    ラグ専門店オーナー

  • しもかわ・ようた|2019年、神戸にて『kaya select』をスタート。2024年8月に、世田谷区下馬に移転オープン。アフガニスタンやパキスタン、アメリカなど現地の人たちと交流を重ね、ヴィンテージやアンティークのラグ、キルト、ファブリックを買い付ける。

迷いなく手に入れる。
ラグ専門店オーナー・下川陽太さんの、収集と所有としての買い物

世田谷区下馬にひっそりと佇む『kaya select』。

オーナーの下川陽太さんが現地で買い付けるのは、100年以上前のアフガニスタンやパキスタンのラグ、アメリカのキルトやファブリックといった唯一無二の物語を纏った一点ものばかりだ。
そんな下川さんが最近の“気分を上げた買い物”と語るのは、どれも生活に必要なものではない。だけど、どうしてもそばに置いておきたいものだ。

下川さんが貫いてきた、長年の買い物哲学とは。

どうせ買うから、迷う時間がもったいない

下川さんが中東や中央アジア、アメリカから集めるのは、手仕事のぬくもりと歴史を感じる品々。ヴィンテージやアンティークのラグ、キルト、ファブリックが静かに、しかし強烈な個性を放ちながら並ぶ。

時代も国も違うはずなのに、なぜか同じ空間の中で自然と調和しているのは、“古いもの”と“手仕事”という共通点があるからだ。

「古いものと手仕事のものは、気づいたら自然と好きになっていました。10代の頃から、アルバイトをして貯めたお金で地元の神戸から東京の古着店や古道具店に通ったりしていて。そんなことを繰り返しているうちに、いつの間にか買い物は趣味になり、日常になり、今では仕事にもなりました」

  • アフガニスタンやパキスタンで買い付けたラグ

  • アメリカのキルトは、メッセージのタグもそのまま。子どもへのプレゼントとして贈られたものだという

2カ月に一度は海を渡り、現地に自ら買い付けに赴くという下川さん。買い付けの基準は、“感覚”一つだという。

「見た瞬間、良いかどうか。もう直感です。買うか買わないか迷う時間がもったいないんですよね。高かろうが安かろうが、良いと思ったらもう買うので。昔からそういう性格なんでしょうね」

即決、即行動。下川さんにとって買い物は、物心ついた頃から続く習慣であり、人生の営みそのものだ。そして買い付けでは、ただ街や市場を巡るだけではなく、現地の人と仲良くなって譲ってもらうというユニークなスタイルを持つ。

「街の中心地にある店や市場に、良いものがあるとは限らないんですよね。値段も高いですし。だから、何度も通って現地の人と仲良くなって、お願いして譲ってもらうことが多いですね。結果的に、普通は行かないような場所にも入っていくことになりますけど」

そうして現地の人から譲ってもらったものは、ひとつひとつが鮮明な記憶と結びついている。

「どこで誰から買ったかは全部覚えています。あの人から買ったとか、あの時出会ったとか。その時の空気ごと持って帰って来られる感じがするから、近くに置いておきたいと思うのかもしれません」

野球のミットに宿る、光という新たな命

下川さんが個人的に買ったもののなかで、最近の“気分を上げた買い物”として挙げたのが、2025年にアメリカで出会ったという3つのアイテム。いずれも単なる“もの”ではなく、時間の痕跡をまとった存在感のある品々だ。

アメリカ最古のフリーマーケット『ブリムフィールド・アンティーク・フリーマーケット』で見つけたのが、古い野球のキャッチャーミットを照明に仕立て直した一品。

異質な組み合わせが、店内で不思議な存在感を放つ

「野球のことは詳しくないので、これがキャッチャーミットだとお客さんに教えてもらって分かったくらいなんですけど(笑)。でも、見た瞬間に素晴らしく良いと思いました。使い込まれて黒ずんだミットに、ソケットと電球という異質な要素が合わさっている。その見た目だけで、完全にやられました」

本来ならば道具として現役を終えるはずのミットに、光が宿ったランプ。大胆でありながら素朴さもある、特別な存在感があった。

「預けの荷物に入れることもできたんですけど、あまりに気に入りすぎて手荷物で持って帰りました」

誰かの執念とセンスが閉じ込められたスクラップブック

1940年代頃のボクシングにまつわる記事が丁寧に記録されたスクラップブック。ニューヨークのフリーマーケットで見つけたこの一冊は、表紙のデザインと空気感だけで買うことを即決したという。

「表紙のタイトルや文字組みなどちょっとずれているんですが、その揺らぎこそがかっこ良すぎて。中を見る前から、必ず手に入れたいと思いました。だけど、手持ちの現金が足りなくて(笑)。店主に取り置きを頼んで、近くのATMで現金を引き出して買いに戻りました」

そして、ページを開くと確信が深まった。

「当時のボクシングに関する記事や写真が、誰かの手によって丁寧に、そして情熱的に切り抜かれ、貼られていました。切り抜きのエッジの揃い方や、余白の取り方一つとっても、スクラップした人のセンスと熱量が感じられるんです。黄ばんだ新聞の記事に、当時の熱狂が閉じ込められているようで、たまりません」

手書きのメッセージが持つ、温度とポジティブさ

西海岸の古着店で見つけた一着。寄せ書きTシャツというジャンル自体は珍しくないが、このTシャツは、“NO War”(反戦)のメッセージが多く書き込まれているところに強く惹かれたという。

「“NO War”と書かれた言葉がいくつもあって、特に赤いペンで描かれたピースマークが目を引きました。誰かの卒業記念なのか、仲間内で書いたものなのか、詳しいことは分からない。でも、その緩さと、その向こうにあるポジティブさに魅力を感じました」

「ピースマークと“NO War”の文字だけを赤にしているのもカッコいい」と下川さん

3つのアイテムに共通するのは、誰かの手の跡や時間の痕跡が確かに宿っていること。それこそが、生活に必要ではなくても、そばに置いておきたいと思える所以だ。

「結局、近くに置いておきたいのは、ものとしての佇まいが良いものなんだと思います。背景や説明も大事ですけど、それより前に存在そのものの魅力があるかどうか。買い物をするとき、僕はそこを大切にしています」

『kaya select』で一点ものを多く扱う理由は、この哲学が根底にあるからだ。世界に同じものがないからこそ、値段にかかわらず、「直感で欲しいと思ったら買う」という言葉が迷いなく出てくる。

そうして手元に迎えたものは、どれも自分にとって特別な存在だ。

「所有することが大切なんだと思います。だから、お店のために買ったものでも、やっぱり手元に置きたいと思ったら売らない(笑)。オーナーとしてはどうかと思うんですけどね」

下川さんにとって、こうした買い物は暮らしを大きく変える“劇的な事件”ではない。しかし、手元に迎えたものが部屋にひとつ増えるたび、その空間が自分の感性で満たされていくような気持ちになるという。

「目に入るたび、買って良かったと思います。佇まいの良いものが自分の近くにあるだけで、気分がふっと上がるんですよね」

迷いや理由を排した、まっすぐな買い物。直感だけを信じて選んだものたちは、下川さんにとって今の積み重ねであり、人生の一部になっている。

ぼくのわたしの、未来を、買ったんだ。